2013年2月24日更新 著者 出川 雄一(障がい者就労研究家)



Q&A 江戸時代の「鍼」・「灸」・「按摩」 盲人が独占していたのですか?

「鍼」・「灸」・「按摩」の事を三療(さんりょう)と呼ばれています。この三療! 江戸時代において、盲人達は独占していたのでしょうか?

いえいえ。優遇されていたものの、独占とまでは言えなかったようです。

というのも、按摩の世界では盲人達が学ぶことのできる杉山流に対し、睛眼者(せいがんしゃ)=(目の見える人)を中心に学んでいた吉田流というものも存在し、二大流派として
知られていました。

視覚障がい者にとっては吉田流の存在は死活問題でしたので、両者の間でいざこざが起きていた!とする文献も残されています。

また、鍼の世界では、徳川家斉の鍼を打った事で知られる、石坂宗哲(1770ー1841)さんは睛眼者でした。ツボや経絡(けいらく)にとらわれない鍼のスタイル(石坂流)の創設者として知られています。



    


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