著者 安田泰淳(雑学研究家)



サイパンの戦い!大場栄さんってどんな人?


ヤフー地図から

サイパンはグアムの少し上に存在する島です。

第一次世界大戦の勝利により、日本はサイパンを統治しましたが、1944年にこの地で激しい戦闘が起こり、サイパンはアメリカの軍政下に置かれました。


これをサイパンの戦いと呼んでいます。


戦い当時、日本には二万人の民間人。三万人の日本軍が滞在しており、この地は日本にとって守らなければならない重要な場所として位置づけられていました。


何故ならば、アメリカがサイパンを軍事拠点にすると、日本までの距離が近づきますので、アメリカのB29と呼ばれる爆撃機で日本を攻撃する事ができるからです。


このサイパンが奪われた結果、
B29の攻撃により東京大空襲が起こり、広島や長崎に原発が落とされました。(戦争は終結しました)


〇サイパンの戦い
1944年6月、圧倒的な軍事力を背景に66,000の兵でサイパンに上陸したアメリカ軍。日本軍の攻撃を跳ね返す戦車など、日本とは比べ物にならない武器力を背景に街は壊滅していきます。多くの兵士は命を落としました。


残された一部の兵士はタポチョ山に避難し、日本からの援軍を待つ事となるのです。


〇マリアナ沖海戦
一方、この周辺の制空権・制海権を奪おうとした大本営(天皇に直属して陸海軍を統帥した最高機関) しかし、ここでもアメリカ軍の新兵器により日本軍は完敗。サイパン島に援軍を送れなくなってしまいました。


その後、サイパンで生存している日本兵は捕虜になる事を嫌い、「バンザイ突撃」を決行。この攻撃により、日本軍はほぼ全滅しました。


大場栄さんはこの戦いで生き残った人物です。
生き残った数百人の民間人と、47人の兵士を束ね、45,000人もの米軍を相手に、巧みな戦術を用いてゲリラ戦を挑み続けます。


やがて、アメリカ軍はゲリラ戦を挑む大場さんを恐れ、フォックスと呼ばれるようになるのです。



軍刀を渡す大場さん

戦争が終わり降伏する大場さんの部隊。
敵の大将に、自分の刀を渡して負けを認めました。 (雑学研究家 安田 泰淳)


    








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